1: 名無しさん@キチママまとめ 2015/09/11(金) 02:27:53 ID:HI4cYUps

大雨続きで気が弱ったのだろう。
久々に母から電話があった。

居留守をする私。
留守電にメッセージが吹き込まれはじめたから、
耳を塞いで別室に移動する私。

もうね、声も聴きたくないんです。
だって気が変になりそうなんだもの。

母からされたこと。

「お前さえいなきゃ離/婚できるのに!」
と面と向かって言われた。

「お父さんは娘なんかいらなかったのよ。
男の子とキャッチボールするのが夢だったんだから。」
と繰り返し言われた。

母の職場の社員旅行につれていかれ、
夜の宴会場で寝落ちした私の下○身を職場のおやじ共にお披露目する母。
(その瞬間、目が覚めた私は、異常事態に怖すぎて寝たふりしていた。)

毎晩、両親が私の目の前で罵り合うようになり、不眠になった小2の私。
学校でも異常行動おこすようになるも、保健室隔離で担任にも疎まれるだけ。

たぶんうつ発症していた当時の私。
母親、担任、保健の先生の無理解に絶望してなぜか症状おさまる。

異常行動はしなくなったが、
上記の騒動プラス親からのプチ放置で小汚くなった私、
イ/ジ/メの標的になる。

その後もいろいろあるがきりがないので省略。

とにかく母の暴言と過干渉と部分的な放置が延々と続く中、
成人し、就職、結婚。

子供もできて母とは距離を置いて
うまく付き合えるようになったと思っていたのだが…

一昨年、病気発覚でシにかけた母。
不安になったのか、また私に干渉してくるようになった。

頻繁な電話。
でると延々と言いたいことを一方的に言い続ける。
これはまだいい。

嫌なのは延々と私を貶める言葉を吐き続ける時があること。

このパターンの電話をはじめて受けた時は、
母がボケたのではないかと本気で心配したのだが、
健常な父に確認してみたところそんな心配はまるでないそうだ。

定期的に病院通いしているので間違いないだろう。
で、気づいた私。

これはかつて小さかった私が、
母からやられたことと同じじゃないかと。

小さかった私は、
この毒を浴びることで自分の意志というものがまったくない子供だった。

母が「なるといいよ」と言うから学級委員になろうとする私。
母が「あの男の子、かっこいいわね」というからその子が好きになる私。だった。

いざ学級委員になってみたら、
そんな自分がすごく居心地悪くて
「あ、これ、私のやりたいことじゃない」
と気づいて目が覚めたんだけどね。

母は外では明るくて面倒見のいい人と、
多くの人に慕われている。

でも家ではまったく違った。
いつもカリカリイライラ。
私を視界に入れたくないくせに支配したがった。

そして今、母はまた私を操作しようとしているんだと思う。
高校生の子供の母となった私を。

自分の考えを浴びせ続けることで、
私の意志を封じようとしている。

厄介なのが母はそれを無意識にやるってこと。

私がそれを嫌がっている、
迷惑がっているってまったく思ってないんだよね。

悪意なく、悪感情をばら撒き続ける母。

私にとってそれは猛毒なのよ。
もう駄目。
声聞くだけでまじで吐きそうになる。


2: 名無しさん@キチママまとめ 2015/09/14(月) 22:01:15 ID:OYJCPVcs

早く逃げな。
フリーズしてちゃ人生台無しになるよ。

電話番号を変える、
住所教えないで引っ越す。

たまに父親の携帯にだけ
公衆電話かメール連絡すればいいよ。

緊急連絡用に親戚に携帯メールからインでも知らせとけば、
葬式の知らせくらいは入る。


3: 1です 2015/09/19(土) 20:57:56 ID:agtuteEs

レスつくと思わなかった。
嬉しい。ありがとう。

あの後、父から電話があったので、
自分が母に対して怒りを感じていること、
だからしばらくは会いたくない、
電話にも出たくないことを話しておきました。

父は携帯を持ってないので、
このタイミングであちらから電話をもらえてラッキーでした。

こちらから実家の電話にかけると、出るのは必ず母なので、
私から直に父に連絡とるのは難しいのです。

これもきっと、
母が私を抱え込む手段の一つになっているんだろうなーと、
今ならわかります。

父はふつうにいい人に思えるかもしれませんが、
父にも大いに問題ありと私は思っています。

なので父に仲立ちを頼むつもりはありません。
期待もしていません。

>>1にも書いたけど、
私が本当に小さい頃から父母は不仲。

家で父母がそろって私の前にいるのは、
朝食時とたまの夕食時だけという徹底ぶりでした。

そのわずかな時間でバトルしてましたからね。
子供の前だというのにまったく配慮しなかったのは父も一緒。

人当たりはソフトですが、
頑固で自分の好きなことばかりしている人でした。

成人した時に逃げればよかったんだなって、
いまさらですが後悔しています。

家庭を持ち、親は年老い、
母が治る見込みのない病気持ちとなった今、
その選択をするのは無理です。

今の住まいは離れているので、
正月とお盆の年2回、
家族で顔出し(絶対日帰り)で勘弁してもらいます。

それだって本当はすごい苦痛だけど。

母の病状が悪化したら、
シへと真っ逆さまなことがほぼ確定であることが、
私にとっては救いです。

ここに書き込んで、
読んでくれた方がいることが、
今の私の救いになっています。ありがとう。


引用元: http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/19055/1441906073/